
芸能界においてその存在感を放ち、数多くの心に残る演技で観客を引き込んできた石田ゆり子さん。
2024年1月現在54歳ですが、いつまでも若々しくいらっしゃいますね。
今回は、石田ゆり子さんの学歴の他、出身地や経歴等の情報をお届けします。
石田ゆり子 Yuriko Ishida(@yuriyuri1003)がシェアした投稿
学歴
小学校、中学校
台北市日僑学校卒業
石田さんは、父親の仕事の都合で小学校は東京、兵庫県西宮市、神奈川県川崎市、台湾と転校し小学校6年から中学校3年までの間、台湾で生活しています。
小学校から中学校にかけて台湾にある台北市日僑学校卒業へ通っていました。
石田さんは、小さい頃からおとなしく、一人で本を読んだり絵を描くことが好きだったそうです。
水泳を9歳の時から始め小学校の時に全国大会ジュニアオリンピックで8位という成績をおさめました。
台湾時代は、小学校から始めていた水泳で妹のひかりさんと一緒にナショナルチームに所属。
当時は1日平均10㎞の過酷なトレーニングを続けました
ロス五輪の強化選手になれるかもしれないというところまでいきましたが、水泳の選手を目指してはいなかったそうです。
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台北市日僑学校
台北市日僑学校は、台北市にある日本人学校で偏差値はなく、自ら考える力と思いやりの心を育み、心身ともにたくましい児童生徒を育成することを目標にしています。
自ら考え課題解決できる生徒、感性豊かな心を持つ生徒、たくましく未来を切り開く元気な生徒の育成を目指しています。
所在地:台北市
卒業生:中間淳太、金城武、森田祐司 他
高校
東京都立桜町高等学校普通科に入学、転校して東京都立青山高等学校定時制卒業
東京都立青山高等学校の定時制はその後閉鎖されています。
中学時代まで水泳に打ち込んでいた石田さんですが、その後のインタビューで
「高校ではやめるつもりだったけど、親が許してくれなかった。」と語られています。
高校1年生の時に自由が丘の老舗の和菓子屋の前でスカウトされました。
事務所の関係者に、当時石田ゆり子さんが大ファンだった真田広之さんに会わせてくれると言われ、真田広之さんと結婚するために、芸能界に入ることを決意しました。
親に猛反対されながらも芸能会入り。
芸能活動を優先させるため、東京都立桜町高等学校から東京都立青山高等学校定時制に転校しています。
高校3年生の1987年に、全日空の沖縄キャンペーンガールに選ばれて、テレビCMやポスターなどの活動を始めました。
翌年高校を卒業。
ドラマ『海の群星』に出演し、女優としてデビューしました。
東京都立桜町高等学校
都立桜町高校は、「自ら学び、考え、行動する人を育てる、生涯学習の基礎を培う」を教育目標とし、潤いのある学習環境の確保、きめ細かな学習指導・生活指導、3年間で卒業可能な柔軟な制度、成人者とともに学ぶことを大切にする教育活動を通じて、自分や他人を大切にし、社会の一員として学び、成長し続ける生徒の育成を目指すことを目的としています。
所在地:東京都世田谷区
卒業生:森英恵、松尾伴内、時東ぁみ、赤坂泰彦 他
偏差値:50
東京都立青山高等学校
青山高校の教育目標は「健康な身体をつくり 知性を高め 情操をゆたかにし 個性を伸ばし 社会性を培う」です。
スローガンは「高きを望め、青山で。」
所在地:東京都渋谷区
卒業生:草刈正雄、橋爪淳、石田純一 他
偏差値:70
大学
女子栄養大学短期大学第二部(夜間)卒業
たくさんの作品に出演され芸能活動が忙しかった石田ゆり子さんは、2年制の同校を23歳の時卒業されました。
女子栄養大学短期大学
女子栄養大学短期大学は、「食」「栄養」「健康」に係わる専門領域を広く深く学修し、そこで得た知識・技術を自ら実践し、かつ人々の福祉向上のために貢献する高度の専門的人材を養成する目的を持っています。
所在地:東京都豊島区
卒業生:岸朝子、山本博子、浅尾貴子、加賀田京子 他
偏差値:45
出身地
石田ゆり子さんは、東京都出身。
現在の実家は千葉県我孫子市にあると噂されています。
家族構成
石田ゆり子さんの家族構成は、両親と兄と妹(石田ひかり)の5人です。
父親
石田ゆり子さんのお父さんのお名前は二郎さんです。
日本郵船の会社員だったという噂があります。
子供に対しての躾は厳しく、「ごはんだよ」と呼ばれてすぐに食卓につかないと、食事を下げられたりしたそうですよ。
石田ゆり子さんの芸能界入りを反対していましたが、今は応援してくれているそうです。
石田ゆり子さんの結婚について、週刊誌に直撃されたときのコメントは「(仕事も恋愛も)自分らしくやれといっているだけ。結婚を否定しているわけではなく、(結婚相手は)一生のパートナーになるので焦る必要はない。本人らしく生きて欲しいです」と語られました。
母親
石田ゆり子さんのお母さんも一般人。
ご出身は沖縄県石垣島です。
石田ゆり子さんは「やはりわたしは母に似ているんだな、とおもいました」と語っています。
妹
2歳年下の妹の石田ひかりさんは、石田ゆり子さんがスカウトされた一か月後に二子玉川でスカウトされ、姉妹で同時期に芸能界デビューを果たしました。
ふたりのお兄さんは一般人です。
お兄さんは石田ゆり子さんと石田ひかりさんの存在を隠して、生活しているということです。
プロフィール
生年月日
1969年10月3日さそり座
出身地
東京都
身長
163㎝
血液型
A型
趣味
読書、文章を書くこと、散歩
所属
個人事務所「風鈴舎」
経歴
女優、エッセイスト、ナレーター、タレント、歌手として活動しています。
1987年に全日空の沖縄キャンペーンモデルとしてデビューし、1988年にドラマ「海の群星」で女優として活動を始めました。
その後、「101回目のプロポーズ」「君のためにできること」「不機嫌な果実」「Dr.コトー診療所」など数多くのドラマや映画に出演しています。
2005年に公開された映画『北の零年』で第29回日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞。
また、1995年と2017年に最もジュエリーが似合う人に贈られる『日本ジュエリーベストドレッサー賞を受賞しました。
代表作
解夏 (映画):2004年
北の零年 (映画):2005年
悼む人 (映画):2015年
逃げるは恥だか役に立つ (TBSテレビ):2016年
清純派のイメージを打ち破った「不機嫌な果実」をはじめ、近年はナレーション、声優、舞台、CM、エッセーなど幅広いジャンルで活動中。
まとめ
若いころから活躍を続けている石田ゆり子さん。
これからも若々しいままで、素敵に歳を重ねてますます、名女優になられることを期待しています。
最後までごらんいただき、ありがとうございます。